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2012年1月26日 (木)

今年初めての種蒔き

典型的な冬型の気圧配置によるこの冬最強の寒波が九州、四国地方にも広範囲にわたって降雪をもたらし、特に日本海に面した地方ではゲリラ豪雪による人災にまでおよんでいるようで、これは地球温暖化に端を発するラニーニャ現象による影響とのことですが、この先にやってくるだろう夏の猛暑と合わせ本当に困ったことです。

120126hatake1幸い当地では今年に入ってから今のところ氷点下を記録するようなこともなく氷の張った場面にも直面していませんが、この時期の葉もの野菜は食用菜の花が今日の摘み取りでとうとう最後となってしまい、白菜も残りがだいぶ少なくなってきました。  それにしても食用菜の花は11月23日の初収穫から2ヶ月もの間次々と楽しむことができました。
120126lettuce1この他の葉もの野菜には、やっと握り拳の大きさになったキャベツや遅蒔きした食用菜の花はありますが、まだ収穫は先のことになりますので、春先になって収穫のできるレタス2種類を1月23日に今年初めての種蒔きとして実施しました。
120126lettuce2この気温の低い時期ですから温室があるとはいえ夜間の冷え込みここともあることから自作の発芽育苗器を使用しての播種をしましたが、今朝確認したところレタスの方は僅か3日目で土の中からとても小っさな芽が見え始めてきました。
2月10日前後にはトマトの播種を控えていますので、何とか2週間後にポットへの移植ができれば温室の中で育てて、その先はトンネル栽培でいけそうな気がします。

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2012年1月18日 (水)

バラと果樹の剪定と追肥

この時期には落葉植物は葉も落ちて休眠期となりますので、庭の薔薇の他に数少ない果樹などの剪定と追肥をしました。
昨年の9月に当地を直撃した大型台風9号によってバラは120118sentei1枝が折れたり葉が吹き飛ばされたり、また塩害によって育ち始めていた秋咲きのバラの芽も痛めつけられてしまって、その後遅い時期に芽が伸び始めたこともあって、今年の秋咲きのバラは例年に比べ花数も少ない上に小振りで、この時期になっての木の姿もかなり違うように思います。
120118sentei2今回も剪定にあたっては花を鑑賞する時の高さが目線よりもできるだけ低めになるように、そして花摘み等の手入れが容易なように強剪定にしましたので剪定後のバラの植えてあったところはすっかり殺風景になってしまいました。
台風の影響もあって120118sentei7秋バラとして伸びた主枝や脇枝はそれ程でもないようにも思えましたが、剪定をしてみると流石に強剪定ともなると切った枝をかなり小さ目にして投げ込んだつもりでしたが、左上写真に見える緑色のダストボックス(150リッター)に半分以上にもなりました。
剪定後のバラの追肥には有機質系として売り出されていた寒肥お礼肥を施しておきました。

120118sentei4 バラの剪定が終わった後でイチジク、120118sentei5柿、レモン等の他にも数本の庭木などの剪定もしておきましたが、少し気になったことはレモンの木の剪定をしていたところ、120118sentei6 数ヶ所に花の蕾が見られ早いものは既に花弁が散り落ちていたのもありましたのでこれ等は全て切り落としておきましたが、どうやら生態系にも色々な異変が起きているようですがこれも温暖化の影響の現われでしょう。
果樹類にはJAで購入しておいた有機ペレットの果樹専用肥料をこちらにもたっぷりと施しておきましたので、今年も多くの実を期待したいものです。

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2012年1月14日 (土)

玉葱の追肥

このところ急に冷え込みが厳しくなって当地でも一昨日(12日)はとうとう気温が-0.5℃とこの冬初めての氷点下を記録しました。 

120114tamanegi暮れから正月にかけて、ちらほらと見掛けていた早出しの玉葱が、ここにきてどこの店頭でもすっかり当り前のように並んでいます。
しかし昨年の暮れ以来、既に1ヶ月以上も雨がまったく降らない日が続いており、我が家の玉葱は専業農家さんの玉葱とは違ってかなり栄養失調状態のような感じがします。(笑
120114tamanegi2120114tamanegi3今年の玉葱はマルチ掛けをしたものは、ほぼ例年通りの生長を見せており茎の太いものは人差し指の太さにまでなっているものもありますが、120114tamanegi4マルチ掛けを施さなかった方は例年に比べてやや生長が鈍いように思いますので、玉の過剰な肥大化を防ぐために昨年11月中旬の一回の追肥で終える予定をしていましたが、例年通り2回の追肥をすることにしました。
120114ninniku 玉葱の追肥のついでに同じネギ属のエシャレットや分葱の他に、やや葉が黄ばみはじめてきているニンニクへの追肥も玉葱と同様の畝間に溝を掘る方法で一緒に実施しました。
専業農家さんでは元肥や追肥にしても夫々に玉葱専用として作られたものを使用していますが、これらは思ったよりも高価で小規模栽培では到底使い切ることもできないことから一般的な化成8号を使用しております。
今日は比較的風もなく暖かでしたので作業時間は延べで2時間ほどでしたが、途中着ていたウインドブレーカーを脱いでもうっすらと汗がにじんできました。

尚、先日お騒がせしましたパソコンについてはOSのインストールから関連ソフト、各種データの設定や移管作業も終え数日前から順調に使用しております。

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2012年1月 6日 (金)

初詣

新しい年を迎え連日暖かな日が続く中、パソコントラブルによる悪戦苦闘と初詣の混雑を避けるために一昨日(4日)になって静岡にある久能山東照宮まで足を伸ばしました。

久能山東照宮は遠く推古天皇の時代に久能忠仁が久能寺として建立され、奈良時代には多くの名僧が往来し隆盛をきわめたようで、1568年に武田信玄が駿府を支配した時に久能寺を別のに移し(現在の鉄舟寺)、ここに要害の地(地形がけわしく守りに有利なこと)として久能城が築かれました。  しかし、武田信玄の死後に家康・信長によって駿河は徳川家康の領有するところとなり久能城もその支配下に入った。
家康は享年75歳で亡くなるまでの晩年を駿府城で過ごしたが、在城当時に「久能城は駿府城の本丸と思う」と久能山の重要性を説いたといわれ、生前に死後の処置に関し
  1.遺体は駿河の久能山に葬ること
  2.葬式は江戸の増上寺で行うこと
  3.位牌は三河の大樹寺に祀ること
  4.一周忌後に下野の日光山に小堂を建て勧請すること
の遺命を残しており、死後はその遺骸は遺命によって久能山に葬られ、翌年(1617年)に2代将軍・秀忠によって久能山東照宮の社殿が建造されたそうです。

ここ久能山は標高216mで表参道からは登り口から121004toushougu1東照宮までを20数分もかけて辛い急な石段を登ることから現在の家内では到底登坂は無理なことで、静岡市内から日本平山頂のパークセンターの駐車場まで行き、ここからケーブルカーに乗って久能山東照宮に向かいました。
121004toushougu2久能山のある有度丘陵は太古の昔、海底の隆起によって形成されたもので長い年月の間に浸食作用などのために硬い部分のみが残り、現在のような孤立した山となり見るからに険しい山で、隆起した山肌にはその昔は川底であったことの分る石ころが数多く見られ、家康のいう要害の地であることも頷けました。
事前に121004toushougu3日本平パークセンターに確認して出掛けたこともあって三が日に比べてかなり人でも少なくなったとかで、それ程の混雑もなく平日では10分間隔のケーブルカーも正月は折り返しの連続運転であっという間で、久能山駅に降りるとそこから眺める景色はやや視界は狭いものの絶景で眼下には今が盛りのイチゴ狩りのハウスが立ち並び遠くには波静かな駿河湾が見下ろせました。
121004toushougu4 駅から楼門までは目と鼻の先で、楼門の前面には後水尾天皇の筆による「東照大権現」の額があり勅額御門(ちょくがくごもん)とも呼ばれるそうです。  121004toushougu5  121004toushougu6更に階段を登って唐門をくぐったところに拝殿があり初詣を済ませました。  拝殿の裏側には家康の遺骸が埋葬された神廟(しんびょう)がありましたが、三代将軍徳川家光によって高さ5.5m、まわり8mの石塔が建てられ現在に至っているとのことです。
久能山東照宮の境内の全景はここクリックするとご覧いただけます。

なんやかんやで、やっと一日半掛かりで初詣のブログをアップしてみましたが、どうも使い慣れないノートパソコンではキーボードの使い勝手も違い入力のミステイクやロスで肩が張って疲れましたね。   早くデスクトップPCを復活させなくっちゃあ(笑

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2012年1月 3日 (火)

賀正 & ガショ~ン♪

謹 賀 新 年  明けましておめでとうございます

あっという間に正月も3日目となりましたが連日暖かで穏やかな日が続いております。
昨年は3月11日に東北地方太平洋沖地震による未曾有の被害と更に追い討ちをかけるような原発事故が続き、その後も異常気象等による多くの被害が世界的な規模で発生しましたが、今年は平穏で希望につながる年であることを願うばかりです。

今年も元日には恒例の初日の出参りに近くの遠州灘海岸まで出掛けてきました。
残念ながら海岸線付近には黒く厚い雲が横たわっていましたが、その僅かな雲の切れ間から初日の出を垣間見ることができ、そんなことを願ってきました。。120101hatsuhinode
さて、昨年末のブログでもデスクトップPCの具合が悪く、システムの修復を試みて何とか起動することが出来たことに触れましたが、暮れの押し詰まった30日になって電源を入れるとWindowsの初期画面が表示されずにDOS画面が走りだし、終わったところで「 File setupdd.sys could not be loaded The error code is 4 」のコマンドが表示されました。
ある程度は予想はしておりましたが、ネット検索をしていくとどうやらWindows XPにおけるハードウェアの破損などが考えられるようで、友人に連絡をいれて取りあえずOSの再インストールを進められ、大晦日の夜は紅白歌合戦を横目に見ながら慣れぬOSのインストール作業をネットのサポートサイトを覗きながら進めて、やっと終わりに近づいたのは除夜の鐘も既に鳴り終わっていて既に新しい年に入っておりました。weep

ところがですよ、ここでインストールが完全に終了しないところで画面が真っ黒になってどうやらクラッシュしてしまったようです。    
120101installインストール中の出来事でしたので、取りあえず再起動させて懲りもせず再度インストールを開始しましたが、今度はとうとう途中で予想していた最悪のコマンドが表示されてしまいました。
そうなんです、正月早々からガショ~~ンなんです。pout
てな訳で、果たしてHDDに起因するのか、他の内臓疾患なのか、ここから先の治療については生兵法は大怪我の元となりますので、専門医の診断をしていただくことにしようと思っております。(笑

仕方なくこのブログはノートPCを使ってアップしていますが、デスクトップに比べてあまり使い勝手もよろしくなく、当分の間はパソコン離れが続くことになりそうです。

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