一泊二日の福島への花見紀行
少し遅い書き込みとなってしまいましたが、24日から一泊二日で福島への遅い春の花見の旅に出掛けてきました。
と言うのも、今年の初めに家内から日本三大桜の一つに数えられる三春の滝桜を是非見たいと催促されていましたが、4月に入っても青空の眺められる日が少なく当初満開の時期は20日頃と予想されていたが、この日が近づくにつれて
やら
のマークが連日並び、ほぼ20日の週は雨の中の花見が予想されることから半ば諦めていました。
しかし今年の異常気象によって各地での冷え込みが厳しかったことから、当初の予想より開花が4~5日遅れて週末の24日から26日に掛けて
マークが点灯したことは良かったのですが、土曜日の出発となると高速道路の休日特別割引と休日による行楽客の増大なによる混雑も予想されることから深夜の1時に出発し、途中現地までは高速をのんびり走って朝の9時までに到着することで実行することにしました。
この結果、何の渋滞に巻き込まれることもなく関東圏もすんなり通過して、浦和ICに差し掛かった頃に東の空から朝日が昇り始め、東北道の郡山JCTから磐越道に入り最初の目的地の船引三春ICに着いた時に案の定1Km程の出口渋滞に遭遇しましたが時間も早かったことから短時間で抜けられシャトルバス乗り場まで進み、そこから10分ほどで目的地の三春の滝桜にのは予定通り9時前に到着しました。
この時間としては結構な混み様で既に多くの見物客が出ていましたが、駐車場から流れに沿って5分ほど歩いていくと、 事前に写真で見ていたものとは想像を上回る素晴らしい滝桜の光景が目に入りました。
遠目からの景観を楽しんでから、 列に沿って滝桜の直前まで進んでいきましたが、その名の通り枝垂桜のそれはまさしく滝が流れているが如くで感動ものでした。
この滝桜はその枝ぶりも見事でしたが樹齢1000年を裕に越えるといわれることからでしょうか20数本の柱に支えられておりましたが、その幹の太さは約11mと言われますので大人が7人掛かりで手を回すほどの大きさとなります。
一つ残念だったことは、この時間帯は青空が見えていたとはいえ、太陽がちょうど雲間で見え隠れしていたことから光量が不足して鮮明な写真が写せなかったことでした。
1時間半ほどゆっくり滝桜を堪能してから次の福島市内にある花見山公園に向かいましたが、船引三春ICから駐車場に向かう道中は既に大渋滞で、船引三春IC出口も既に4Km近い渋滞となっていましたのでこれから出かける人は3時間ほどの渋滞に引っ掛かることでしょうからぞっとしました。
船引三春ICから福島西ICで降りて花見山公園のシャトルバス乗り場まではこれまた順調に1時間ほどで到着しました。
この花見山公園は花見シーズンに入ると道幅が狭いため地区内や周辺は渋滞に悩まされてきたため、地区内の遊歩道や流れる川の護岸工事も行われ、今では4月初旬から4月29日までは一般車両の進入規制が行われており、駐車場とを結ぶシャトルバスのバス停や観光バス駐車場が設置されるとのことで、更に花見山公園前の観光バス駐車場周辺には多くの出店が並んでいて、とても私有地が開放されたものとは思えないほど整備された素晴らしいものでした。
この公園は花卉園芸農家の私有地を所有者が公園として市民に無料で開放されたものだそうで、現在でも切花の出荷用としての作業が行われているということで随所にそのような個所が見受けられたが、あえて収穫時期が異なる複数の樹種を栽培したことにより、結果的に百花繚乱となったことだろうと思いますが、それだけに見応えのあるものだと感心しました。
今回の花見山公園で目にした数々の花のうち、
家内の足では回りきれなかったところや見過ごしたり写せなかったものも幾つかありましたが、色鮮やかに目を楽しませてくれた花を幾つかご紹介しておきます。
ハナズオウはいまだ蕾でしたが、これが花開いた時には辺り一面が紅紫色に染まり、また一段と見事な花見山となることでしょう。
花見山公園を2時少し前に後にしてR115経由で宿泊先の
会津若松の東山温泉に向かいましたが思っていたより車の往来も少なく、
途中智恵子抄にも登場する安達太良山を望む北の斜面には雪も見え、更に進んだ磐梯山の麓のゲレンデ(赤埴山)は既に閉鎖されておりましたが今でもスキーで滑り降りることの出来るような斜面の雪が見えていました。
この後、猪苗代湖の湖畔で休息をとってから
予約しておいた東山温泉に向かいましたが、一つ気になっていたことで今年の異常低温と深刻な日照不足の影響で野菜の価格が高騰していることもあり、この地域での野菜の値段がどのようなものか会津若松市内のヨークベニマルに立ち寄って確認してみましたが、神奈川県産の僅か直径15cmほどの小振りな1/2カットのキャベツが何となんと248円もしていたのには驚きました。
翌日は6時に起床して一番風呂にゆっくり浸かってから7時半に
朝食を済ませ、先ずは戊辰戦争での悲劇として有名な「白虎隊」にまつわる鶴ヶ城(会津若松城)と飯盛山に向かってホテルを出発しました。
ホテルのフロントで聞いた話では 鶴ヶ城公園の桜祭りは4月17~18日で今年は桜の花が全くない状態で終わったとのことでしたが、鶴ヶ城公園の中の10数本植えられた梅園が今が盛りで、桜は大半がやっと二分咲き程度で早いものでも五分咲きといったところで満開は月末頃とのことでした。
この鶴ヶ城は1965年(昭和40年)に
鉄筋コンクリート造により再建されたもので、2~4階部分は郷土博物館として公開されており、ここに纏わる歴史を短時間ではありましたが呼び起こすことが出来ました。 また、1階にはお城としては大変珍しい地場産品の売店があり私も唯一のみやげ物として赤べこを購入してきました。
鶴ヶ城から15分ほど行ったところに飯盛山がありましたが、この場所が鶴ヶ城の炎上を見て白虎隊20名の隊士が自決(内1名は蘇生)したところで、この地に墓が奉られていて今でも多くの参拝者の手向ける線香の煙が絶えることはないそうだ。
鶴ヶ城の炎上は実際には誤認で、私もここから鶴ヶ城を備え付けられていた望遠鏡で覗いてみましたが、裸眼で目視する限りは矢張り誤認するほどかなりの遠距離であったと実感しました。
その後は会津若松を後にして日光街道を南下して大内宿に立ち寄ってから東北道の白河ICから自宅に向かいました。
帰路は首都高速に乗り換えて進んできたところで「この先4Kmの渋滞」ということで急遽一般道に出て途中から少し回り道になりましたが首都高湾岸線で東名高速の横浜町田IC経由で帰路につき無事8時に帰宅しました。


















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